『紅玉の指輪』
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『あ……』
どうでもいいけどな〜と、作業の手を止めてキラはアスランを見つめた。
隣に座る彼は画面上に広げた何かの基盤の展開図に見入っている。「ねぇ、アスラン」
「ん……?」
「訊いてもいい?」
「ん……何だ?」そう云いながら、全然、気持ちはこっちに向いてない。
どこかを弄ってそれの数値を演算しながら、アスランは更に改良の余地を考えているに違いない。
まぁいいか、と、苦笑混じりキラはアスランにそのまま問いかけた。「あのさ、なんでルビーだったの?」
「ん…?…え、何?」何かを云われたのには気付いたのだろう、やっと、アスランがこっちを向いた。
「ごめん、キラ。何?」
「だから、何でルビーだったのって」
「何が?え?ルビー……って?」目を瞬きさせてアスランは一生懸命質問の内容を理解しようとしているみたいだけど、それの姿は多分、全く意識していないのだろうけれど。
ちょっと、可愛い感じだった。
そして、しばらくしてからやっと質問の内容に思い至ったのか、え〜っと、と躊躇いがちに質問を返してきた。「それって……もしかして、カガリの……?」
「そう。アレ」そう、ずっと気になっていたけれど、それを訊こうと思った時には既にアスランはオーブを出てしまっていて、そのまま敵同士になってしまった。
だから、ずっと訊けなかったのだ。どうしてカガリに『ルビーの婚約指輪』だったのか。
当然ながら、自分とカガリは同じ誕生日で。
その誕生石はアスランの眸のような緑柱石だ。紅鋼玉ではない。
どうしようかと逡巡しているらしいアスランの答えをキラは黙って待っていた。「あれは……」
アスランの眸が戸惑いに揺れる。
「カガリに似合うと思ったから……だったんだが……何かマズい石だったのか?」
「え?」
「いや、あまり俺は宝飾品には詳しくなくて。でも、あの時はオーブを離れるし、居なくなってしまったら、そのままユウナの事を進められてしまいそうで―――焦っていて。とっさに……買ってしまったんだが」
「とっさに……なの?っていうか、婚約指輪じゃなくて?」
「いや、本当はそのつもりだったんだが、そんな……婚約とか云ってる場合じゃなくて、どうしようかと」迷った挙句の折衷案だったんだ、と。
マズいものだったのか?
真剣にそう訊いているのだろうアスランには全く意図などなくて。
つまり、もしかして、もしかしなくても。「あのさ、アスラン。もしかして、誕生石……知らないの?」
「――――……誕生……石…って……?」
「誕生月に合わせた石があるのを知らなかったわけだよね、その感じじゃ」『知りませんでした』と正直に描いてあるような表情でアスランに凝視されてキラは、しょうがないなぁ、と、アスランの前にあった端末を操作して、何かのサイトに繋いだ。
多分、そうじゃないかと、半ば予想はついていたけれど、アスランは女の子の喜びそうなものの嗜好品についてはあまり詳しくないみたいだった。「ほらね、誕生石っていうのがあって、1月は石榴石、2月は紫水晶、3月は碧柱石、4月は金剛石、そして、僕とカガリの誕生月である5月は緑柱石ってこと」
それはアスランが贈ったような赤い石ではなく深い緑色をした石で。
確かにカガリの金色の髪にはよく映えそうな色だった。「―――そうか……間違ってたのか……」
最初から。
そもそも、あんなものを贈る資格のなかった自分が、焦って一人で突き進んで。
挙句にそれ自体が間違っていたなんて、笑い話にもならない。
自嘲気味に俯くアスランを前にして、キラは屈んでその顔を覗き込んだ。「―――でもさ、アスラン」
「なんだ?」
「アスランが、考えたんだよね。アレを贈ろうって」
「―――今更だけどな」
「いいんじゃない、それで」
「え?」あっさりとキラに云われて今度はアスランが顔を上げる。
そのアスランにキラは笑って頷いて見せた。
そう、キラが知りたかったのは『何故、アスランがわざわざ誕生石でないものをカガリに贈ったのか』というただ一点だけだったのだ。「だが、間違って……」
「間違ってるって、誰が云った?」そう、アスランは間違ってなんかいない。
知らなかっただけなのだ。
そして、知らなかった中で、アスラン自身が選んだのだ。『カガリに似合うものを』
ただ、それだけの事。
そして、それがどれだけカガリを勇気づけてきたか。
側で見ていたキラはちゃんと知っている。
それを間違いだなんて誰にも云わせない。
深い緑をした緑柱石は確かにカガリに似合うけれど、それに相応しい強い光をたたえた存在が既にカガリにはいるのだから、緑柱石など必要ない。
それよりも、その翠の眸が選んだ自分に似合う燃え上がる情熱の赤。
それはまさに真っ直ぐに自分の信念と中立の理念を貫こうとするカガリそのもの。「いつか……」
「何……?」
「ううん、何でもないよ。続けよう、アスラン。変な質問してごめんね」
「キラ……」いつか……――――。
それが本物になってくれる日が来ればいい、と。
キラは祈っていた。
それこそ、誰だか判らないものに。
****
そして、誰も知らない所で。
今は外されて、再び使われることを待つその指輪だけが。
アスランが決して間違っていなかったことを知っている。
その指輪をカガリは大切にしていて、その存在を疑いもせず。
アスランはそもそも間違っていると思いこんでいて。
二人とも鑑定などするはずもないから。
紅い石だけが自分の正体を知っている。
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[FIN]2007/02/16
※緑柱石
BERILという鉱物群に含まれる緑色をした石。その中でエメラルドと呼称されるのはクロムという鉱物を含むモノのみである。それ以外は単にグリーンペリルと称され、エメラルドとは別石として扱われる。
同種鉱物群の中には淡碧色のアクアマリンや金色のヘリオドール、そして稀に産出される紅色のレッドベリルという石がある。
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