FINAL PLUS α
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『…また…あした…』
ステラの面影が次第に遠ざかっていく。
茫洋とした世界が、暗い―――深遠のリアルへと甦る。
そこここで未だ戦禍の焔が上がり、一際大きな火の塊と化しているのは、自分が出撃前までそこにいたメサイヤだ。「……シン…」
心配そうに声をかけてくるルナマリアに大丈夫だと返そうとして、自分がみっともなく泣いている事に初めて気がついた。
「…ごめ…、大丈夫だから」
「いいよ、そんなの…。でもメサイヤが……」同じ物をルナマリアも見ているのだ。あの状態のメサイヤが無事だとは到底思えないだろう。
「あそこに…ジャスティスが…――――」
「え!」
「フリーダムとジャスティスが入って行ったの。まだ…脱出してない…」
「…そんなっ!」慌てて振り返る。
月面上に不時着させられた自分たちからでも容易にその姿を確認することが出来る。
メサイヤはもう火の塊だ。あんな所、もう脱出しなければ無事ではすまないだろう。
どうにか出来ないかと辺りを見回す。既にデスティニーはジャスティスに墜とされてフェイズダウンしていて動かない。インパルスも同様だ。
今の自分にどうにか出来る状態じゃない。――――…いや……。
「…ルナ…」
「え?」
「インパルス…貸してくれ」突然の台詞にルナマリアが面食らう。インパルスだってフェイズダウンしているのだ。借りても仕方ないはずなのに。
「インパルスなら動ける。今、フェイズダウンしてるのは上腕と足の破損箇所のせいだから、コアスプレンダーなら飛べる!」
「そりゃそうだけど。そんなの無茶よっ!どこに行くのよっ!あのメサイヤに行くんじゃないでしょうねっ!MSでさえ命の保証はないのにコアスプレンダーなんて、絶対無茶よっ!」ルナマリアの言い分の方が正しいだろうとシンだって思う。けれどあそこにはまだジャスティスが―――アスランがいて…それに…――――。
「あそこには……レイが…いる」
「え?」不信そうに見つめてくるルナマリアにどう説明すればいいのか判らないけれど、確かにあそこにレイが居る。それだけは確かな事だとシンには判っていた。
あの摩訶不思議な感覚が戦闘の続いている今だからまだ残っている。
その感覚が告げる。『レイはメサイヤだ』と。
何が正しくて何が間違っているのかなんて判らない。だが、もうこれ以上誰にも死んで欲しくない。
そして、コアスプレンダーならば逆にMSの入れない箇所にも入って行くことが出来る。「ルナ、頼む。今行かなきゃレイが死ぬんだっ!」
アカデミーからの親友。
たった一人プラントへ来て不安だった時、「俺も一人だ。よろしくな」と初めて手を差し出してくれた友。
どんな事があったにしても彼を見捨てる事はシンには出来なかった。「―――…でも……今、行っても……――――」
そう、今、行ったとしても。
シン自身無事に帰れるかどうかは判らない。
ルナマリアの菫色の眸が不安を訴えていた。「―――帰るさ、絶対に」
死ぬことは簡単だ。だから、そんなことをなくすために戦っていた。
一瞬で奪われた自分の家族を。
奪ってしまった、多くの命を。
取り戻すことは出来ないけれど、そこにある命を救うことなら出来る。
ルナマリアの眸を見つめて、今までとは少し違う笑みを見せて、シンは立ち上がった。
『また、あした』といって去ってしまった少女に報いるために。
インパルスのコクピットを押し上げて、シンはもう一度振り返った。「ルナ、危ないからデスティニーのコクピットに入ってろ。フェイズダウンしててもそこらのシェルターよりデスティニーのコクピットは頑丈だから」
そんな気遣いするくらいなら。
「早く帰ってきなさいよっ!!」
ルナマリアの声に「あぁ」と返して、シンはインパルスのコクピットを閉めた。
まだ、間に合うと。
心が命ずるままに。
背後から迫る爆発音。
あれは議長室の方だったから、もう、あそこは火の海かも知れない。前を走るキラを追いながら、アスランは少しだけ背後の3人を思う。
グラディス艦長がレイを呼んでいたから―――だから、置いてきてしまったけれど、本当は連れてきたかった。
少しの間だけとはいえ、レイは自分の部下だった。
そのレイを見殺しにしたも同じだ、これでは。
速度が遅くなってしまったアスランに気付いたのか、キラが振り返る。「アスランッ!」
こんなところで躊躇していては自分たちすら危ういのだ。
明日を託された。その事実を考えれば、自分たちは必ず生きて帰らなければならない。生きて帰って、これからの世界に対しての責任を果たさなくてはならない。「―――あぁ……行こう、キラ」
再び走り始める二人。
二人のMSが格納されている入り口まではもう少しだった。
稼働している動力は既にほとんどない状態で、格納庫までのシェルターが生きていたのは奇跡に近い。
飛び出したそこもかなりの被害を受けていて、崩壊するのも時間の問題だろう。
互いの機体に躊躇いもなく飛び乗った二人の背後で一際大きな爆発音が響いた。「キラッ!―――――っ……コアスプレンダー!?」
フリーダムの真横で小規模な爆発が起こる。
そして爆発したのとは別方向から閃光のような影が格納庫へと入り込んでくる。
こんな崩壊寸前の所に誰も入ってこないだろうと思いこんでいた二人にとって、それは晴天の霹靂にも似た出来事。「コアスプレンダーって………」
「インパルス……ルナマリアかっ?それともシンかっ?」慌ててコンソールを叩いて、覚えているコアスプレンダーの通信回線を開く。
そこに映ったのは――――。「シンッ!」
「アスランッ――――レイはっ!」ジャスティスが無事なのを見ているから通信が繋がることは不思議でも何でもない。
けれど、不思議とアスランの顔を見ても、先刻のようないらだちはなくなっていた。それよりも存在が希薄になっていくレイの方が心配だった。「レ…イ……」
「一緒じゃなかったのかよっ」何故か一緒だったろうと思いこんでいたのだ。
けれど、確かに考えてみれば、この時のアスランとレイに接点はなかったはずだ。
しかも、フリーダムにレジェンドは墜とされている。レイの潜入方法が違えば、当然、アスランとすれ違っていることも考えられる。
躊躇したシンに全く別方向から返事が返る。「レイって……あのドラグーンに乗ってた子?」
「ドラグーンって……あぁ、レジェンドに乗っていたのがレイだ―――っ、知ってるのかっ!」音声だけだった通信に画像が入る。
ヘルメットを被っているからあまりよくは判らないけれど、アスランと同じくらいの年齢をした声。「彼は―――デュランダル議長を撃って……その場にいる」
「なんだよっ、それっ!!」
「落ち着け、シンッ!嘘じゃない。レイが議長を撃った。その議長室で、議長とグラディス艦長とレイは残られた」どうやって説明すればいいのかアスランにも判らない。レイが議長を撃つまでの経緯をアスランは知らない。
だから、余計に判らないのだ。「なんで―――なんで、グラディス艦長までいるんだよっ。―――ミネルバはっ!!」
「ミネルバは―――俺が墜とした」完全に破壊はしていないが、あの状態では航行不能だろう。そうなればミネルバは戦線を離脱するしかない。
それより、月に不時着した状態で動けないだろう。
あの状態から、何故、グラディス艦長がこの場に来たのか。それはアスランも知りたいことだったが、そんなことを詮索している状況でもなかった。「この人の魂は私が連れて行く」
そう告げたと云うことは、メサイヤが現れたときから、おそらくグラディス艦長は今のこの事態をおおよそ推測していたのではないだろうか?
いや、メサイヤ以前に、議長がデスティニープランを打ち出したときから。「多分―――彼はあの場所から動いてないはずだよ」
キラの淡々とした声が通信機から零れる。
小規模な爆発は続いている。この場にいられるのも時間の問題に違いない。「議長室は―――爆発して崩れかけている―――もう、入ることは出来ない……」
アスランが苦渋の中で絞り出すようにして告げた言葉に、シンは激高した。
「そんな所にレイを置いてきたのかよっ、あんたはっ」
「彼が残る事を希望したんだよ」あまりにあっさりとしたキラの物言いに、シンはぶっちりと切れてしまった。
「あんたら二人は莫迦かよっ!!生きてるんだろっ!……まだ、生きてるのにっ!置いてきたのかよっ」
議長室。
そこまでの通路を必死で考える。
複雑な経路を辿らなくてはならないけれど、逆に崩れていそうな場所を考える。
割合広く作られているメサイヤの内部は採掘現場だったことも併せて、なんとかコアスプレンダーなら通れるだけの通路が随所にある。
それを利用すれば議長室までは到達できるはずだ。
そこまで考えたシンは無意識にレバーを引いていた。
偏向ノズルを利用してホバリングしていたコアスプレンダーが勢いよく飛び出していく。「シンッ!この莫迦っ!………戻れっ、無茶苦茶だっ」
まだ繋がっていた通信回線に向かって、アスランが叫ぶ。
その通信に対して、シンは激高したままの感情を叩き返した。「コアスプレンダーとお前ならどんな作戦でも可能だって、そういって前に無茶苦茶な作戦押しつけたのはあんただろっ!!」
ブッチンッ。
と、音がしそうな勢いで通信回線が切断される。
唖然としたアスランに、キラが苦笑混じりに告げる。「………だって、アスラン」
「あの野郎っっ!」ギリギリと音がしそうな程、レバーを握りしめたアスランに気付いて、キラはその格納庫を見上げた。
「アスラン、でも、のんびりしている時間は僕たちにもないよ。本当に遠からずここは陥落する。いくらフリーダムとジャスティスが丈夫に作られていても、ここの崩壊に巻き込まれたら無事ではすまない」
「あぁ、判っている―――キラ………」
「ん?何?」
「キラは先に脱出してくれ。俺はギリギリまで粘ってみる。―――あれでも、俺の部下なんだ。あの二人は」正確には部下―――ではないけれど、共に戦った仲間であることに変わりはない。
「――――アスラン……」
そんな事を云いだしたアスランにキラはやっぱりね、と深い溜息を吐いた。
アスランに躊躇いがあるのは最初から判っていたことだった。最初から彼を―――レイを無理矢理にでも連れて帰ってしまうべきだったかとキラは後悔していた部分もあったのだが、こうなってしまってはアスランはテコでも動かないだろう。「アスラン、お願いだから絶対に帰ってきてよ。じゃないと僕がカガリに恨まれるからねっ!」
そうでも云わないとアスランはギリギリ……なんて待ち方じゃなくて、崩壊してても待ってしまうだろう。
ある意味、この場で誰より無茶で無鉄砲な人間なのだ、アスランという人間は。「あぁ、判っているさ。明日を……託されたからな」
未来に対して果たすべき責任を、『アスラン・ザラ』はまだ果たしていない。
それがどういうものなのか、未だ判らないけれど。『お前、逃げるなっ!―――生きる方が、戦いだっ』
そう云って全力で引き戻してくれた少女。その少女と同じ顔を持つ幼馴染。
何故、あの無人島の時に気付かなかったのか、不思議な程に二人は似ているのに。
その二人に課せられた運命と義務と責任。
その肩代わりすら出来ない無力な自分だけれど。「必ず――――帰るさ」
アスランの意志を込めた視線にキラは何を云っても無駄だと悟る。
ならば、今はその言葉を信じるしかない。「じゃあ、行くよ」
スラスターを開放する。
大きく開いた翼は純白の天使の様だとアスランはいつも思う。
それは古の教典の中にいる大天使のように正義の鉄槌を下す存在。「っ――――キラ」
「何?」
「この座標にデスティニーがいるはずなんだ。おそらくそこにルナマリアという少女がいる。彼女を回収してエターナルのメイリンに逢わせてやってくれないか。彼女はメイリンの姉だ」
「そんなの―――それこそ、アスランがやらなきゃダメだよ。僕だとそのルナマリアって云う子にとってはフリーダム―――敵でしかないんだから」送られてきた座標を見て、キラはアスランに詰め寄る。
「大丈夫だ。彼女はちゃんと理解している。だから、頼む」
結局、引き受けてしまうのだ。
アスランの「頼む」にキラが勝てた試しはないのだ。アスランがキラの「お願い」に勝てたことがないように。
「くっそぉぉぉぉぉっっ!!」
あちこちから崩れかけた外壁や採掘跡の岩盤が落ちてくる。
それを紙一重の状態で切り抜けながらコアスプレンダーは議長室があったはずの場所へと進んでいく。
メサイヤの崩壊はシンの想像以上に進んでいて、このままではコアスプレンダーでも帰るのは危ういかも知れないとそう思う。「――――だから、なんなんだよっ」
諦めるな。負けるな。
と、自分を叱咤する。
諦めてしまったらそれで終わりなんだ、と。
無茶だと云われて、諦めていたならこんな所まで来てない。
疾走するコアスプレンダーの先に少しだけ広い空間が見えた。「抜けたっ―――!っ」
ガクンッと尾翼が瓦礫に接触して、体勢を崩す。
そのまま床だったと思しき場所に不時着のように着陸する。
スクリーンを操作して生命反応や熱センサー、目視確認を慌ただしくチェックする。
既に生命反応はない。「!――――ないって―――そんなっ」
再チェックしたその時、側面から爆発が起きる。
その爆風に煽られて、センサーが届いていなかった箇所から微かな生命反応が返された。
そこへモニターを集中させる。
爆風から少し遮られているのか、破片の欠片の合間から、少しだけ淡い金色が見える。「レイッ!」
コクピットを跳ね上げて救急キットを手に走り出す。
どんな光景が待っているかも知れない。それだけは覚悟していた。
スラスターを吹かせながら、キラはメサイヤを振り返る。
外側から見ればメサイヤは既に火の塊だ。そんな所に突っ込んできた彼も彼だし、そこに残ると云ったアスランもアスランだ。
でも、それを無理矢理に引っ張ってきてしまうこともキラには出来なくて。
これがカガリや――――しないとは思うけど――――ラクスなら、キラは無理にでも引っ張って連れて帰るのだけれど、アスランだから出来ない。ある意味、アスランはキラにとって憧憬の対象なのだ。
キラには出来ないことがアスランには出来る。
それは無茶であったり無謀であったり、他にも器用であったり体術やそんなことであったりするのだけれど。
逆に言えば、それを封じてしまったら、その存在はアスランではなくなってしまう。
だから、反対できなかった。「ホントに―――なんて奴だよ」
酷いと口に出しては云えないから、こんな所で愚痴ってみる。
たった一人、スーパーコーディネイターであることを知りながら、他の人間と同じ物を見ていながら、それでもキラ・ヤマトをキラ・ヤマトとして全身で守ってくれるそんな不器用なアスラン。
そのアスランが―――あそこに残ったのは、多分、彼の所為。「デスティニーのパイロット―――か」
「あいつにも夢があって―――」と語るアスランが本当に彼を愛しく思っているのだと判った。
それは『幼馴染』の自分では越えられなかった想いのライン。「ホントに―――なんて奴だよ」
キラを大事にしている。それは判っている。
けれど、決してそれはある一定のラインを越えない。
それは家族であり、兄弟であり、決して、――――愛する存在ではない。
だから、キラもそうするしかない。
愛すべき兄弟であるアスランからの「頼む」を叶えるために。
アスランに託された座標にいる少女を回収しなければならない。
重力が半減しているメサイヤの中をシンは走っていた。
瓦礫が落ちてくるのを感覚で感じながら、それらを避ける。
幸いな事に重力が半減している所為で、細かい破片はあまり落ちてこない。
跳ねるようにモニターで探った場所へと走り寄ったシンは、その場の光景に息を飲んだ。
勿論、覚悟はしていた。
どんな光景が広がっているか。
この現状を見ていれば、無事では済まないだろうと。
けれど、あまりに痛ましい光景。半身が千切れた状態のグラディスだろう肉体。
それに重なるように議長の手と思しきものがそこにある。
それは2年前の光景と相まって、シンの心の傷を抉る。
そして、レイは―――。
その二人に護られるかのように、レイは左足がない状態ではあったが、それでもそこにいた。
息を確認すると、微かな―――それでも確かな生命の息吹があった。
熱風に煽られて、火傷を負っている頬。
足が千切れた時に負ったのだろう、全身を覆うパイロットスーツは熱と破片で無惨な状態だ。おそらく、その被害は内部にまで到達しているだろう。
シンはその場から逃げ出してしまいそうになる自分を堪えて、レイの左足のパイロットスーツを裂いた。
救急キットで応急処置をして、それ以上はここでは出来ないと判断して抱き上げようとした時、薄くレイの眸が開いた。「レイッ」
「おと………さ…ん……?」
「レイ?」焦点が合っていないレイの視線が何かを探すように彷徨う。
戸惑っていたシンの前で、レイの視線は千切れたグラディスに止まる。「お……かあ…さ………や…だ……おい…ていかな……っ」
片言で必死に告げるレイに、シンは首を振った。
「ダメだ、レイ。行くんだっ」
「やだ……おか…あさっ………お…かあ……さんっ……っ」必死に手を伸ばすその姿は2年前の自分そのもの。
あの時、自分もそうしたかったのに。置いていかないでくれと、叫びたかったのはあの時の自分も同じだ。
だからこそ、今のレイを放っておくことなど出来るはずがなかった。「レイッ、行くんだっ。お前の人生をっ!誰からでもない、二人に貰ったお前の人生を、今から生きるんだっ!」
そう、そうでなければ、二人がこんな無惨な状態になる爆風の中、レイだけが奇跡的にこんな状態で生き残っているはずがない。
おそらく、二人は庇ったのだろう。
レイを―――例え、血の繋がりはなくても、自分たちをお父さんお母さんと呼んだレイを。「お前はまだ生きてるんだっ!レイッ!!」
だから、お前には『まだ、明日』があるのだと。
そう、『また、あした』と告げた少女。
そして、『まだ、明日』がある自分たち。
そのために、生きて帰るんだ。
[To Be Continued‥] 2006/11/20up
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