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自己と異なる鼓動。
自己と交わる呼吸。
与えられる痛み。
与える温もり。
自分ではない『モノ』が存在するという喜び。
ここに『存在』するという現実。
全て―――ただ一人の人ともう一度出逢いたいために。
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しん…
と、静まりかえった室内に幾人かの人々が集まっている。
「――――つまり、全て、このデータは正しい、というのか、総士君」
「はい。先程、遠見先生のおっしゃったことが全てです、真壁司令」
北極での蒼穹作戦の後、ミールに吸収された存在が再び還って来たことを無条件で受け入れる程アルヴィスは平和ボケしていなくて、少なからず総士を安心させた。
解剖されなかったのが不思議なくらいだが、とりあえず、全身のスキャニングから始まる点検・審査は丸々2日間続き、そこから解放されるまでに3日かかった。
そして、それらを解析した遠見医師の出した回答は予想の範疇ではあったとはいえ、司令室に困惑を与えた。
「皆城君の肉体を現在構成しているものは、ほぼ90%まであのフェストゥム―――来須操と同等のものです。唯一異なるのは、一部、染色体などの遺伝子情報を含む細胞があり、それらの遺伝子情報は我々の所有している皆城総士のものと一致しています」
モニターに映し出されたデータは解析された全てのデータを表示しており、それらの大部分はあのフェストゥムと対峙したときと同じものだ。
「残念ながら、人類軍の核攻撃で、私の肉体を構成していた細胞の80%までが何らかの放射能汚染を受け、そのままでは再生不可能な状態となっていました。操―――あのフェストゥムが自らの中に取り込み、維持し続けてくれなければ、遠からず肉体だけではなく意識自体も消滅していたと思われます」
遠見医師の弁を補う総士の言葉で室内にはさらに重苦しい空気が漂う。
それに区切りをつけるように、真壁がゆっくりと問う。
「―――分離は、不可能なのだな」
「現状では不可能です」
あっさりと断定した総士に、司令室全体が大きく息を吐いた。
「皆城君。あなたは今、自分がほぼフェストゥムである、と宣言したのも同じ事よ」
「はい。ですが、遠見先生。ミールと同じ―――我々のミールのコアである乙姫に対して、貴女は母親のように接して下さった。そして、彼らのミールにも我々を理解出来るかも知れないコアが誕生した。今後、フェストゥムとどのようにかかわっていくにしろ、日野美羽に全てを背負わせるわけにはいかないでしょう。その時、フェストゥムと同等の構成を持ち、こちら側に協力的なモノを置いておくことは得策だと思われますが」
コンタクトがとれればそれでよし。
だが、良好な関係が築けないとなった場合、いざとなれば、ソレを基にフェストゥムへの対抗手段を考えるための材料とも出来る。
どのような攻撃が物理的にフェストゥムに対して有効なのか、ということも。
「やめなさい、皆城君。それは―――貴方をモルモットにしろと私たちに云っているようなものよ」
「それしか、方法がなければしかたのないことでは? 我々の側にはあまり選択肢はありません」
そうならないに越したことはありませんが、と、付け加えた総士は、上げた顔を伏せることもなく、司令室の全ての人と対峙していた。
だが。
胸の内、呟いた『そんなこと、今更でしょう。僕たちは既に生まれたときから試験体だ』という言葉はそのまま知られることはなかった。
***
「…そ…う…っ……あ…―――っ」
異なる鼓動。
息づかい。
与えられる痛み。
与える苦痛。
自分以外の『誰か』に触れる歓び。
***
3日後に解放された総士を待っていたのは、かつての仲間たち。
情け容赦なくもみくちゃにされ、散々小突き回された挙げ句、『楽園』に連れて行かれ、一騎スペシャルと銘打たれたセットメニューを出された。
昔、子供の頃に食べた給食のカレーに良く似た、けれど、少しだけ手の込んだ家庭の味のするカレーは総士にはあまり馴染みのないもので。
それでも、これを一騎が作っているのだと云われれば、納得が出来た。
確かに一騎が作ればこんな味がするだろう。
どこか懐かしくて、優しい味。
『一騎カレーって―――何?』
突然、湧き上がったのは知るはずのない記憶。
操のものだ。
どうせなら、この一騎スペシャルを彼に食べさせてやりたかった。
一騎ケーキと命名されたセットの中のデザート。
甘くて、柔らかなケーキなんて食べたことなかっただろう。
自分にもあまり馴染みはないけれど、彼らにはもっとないだろう。
もしも、『ソレ』を知っていたなら。
もしも、『ソレ』を知ったなら。
彼らはどのような選択肢を選ぶのだろうか?
***
なんで。
どうして。
『こう』なったのか、はっきりとは判らない。
以前と同じようにアルヴィスに部屋は設けられていて、そこに帰ると云った総士を一騎が送ると云いだして。
「そうだね。じゃあ、一騎君。皆城君をよろしくね」
遠見たちに送り出されて、アルヴィスに着いて。
何かを部屋の前で話していて。
一騎に詰め寄られて、触れた瞬間、頭が真っ白になった。
『アタタカイ………』
モット触レタイ。
モット――――ヒトツニナリタイ。
衝動にビクッと跳ね退いた総士の腕を摑んだのは一騎だった。
「大丈夫だ、総士」
「何がだ。何も判っていないだろう。僕は―――」
遠見先生の台詞が甦る。
『貴方はフェストゥムであると宣言したのよ』
「大丈夫だ、総士。総士は違う。同化なんかしない」
「――――か…ず……」
「知ってる。判ってる。――――覚えてる。ずっと、クロッシングしてた。総士を―――感じてた……」
そっと触れた手のひらが直に伝えてくる。
『だから、おれはここで待っていられた』
「どうなっていても、総士は総士だ。だって、総士は――――」
『俺と総士が別の存在で嬉しいって思ってる』
『奴らに融合されながら、ずっと、この傷を大事にしていてくれた』
『俺が総士に抱いている負い目を、ずっと大切に守ってくれていた』
だから、今度は――――。
「俺が、総士の負い目を背負う番だ」
ヒトツニナリタイという衝動。
***
甘やかでもなんでもない行為。
想いはあっても、それに伴う行為自体は決して容易ではなくて。
慣れない未経験者の二人には、とんでもない苦痛を引き起こし。
それでも、その痛みが、今の二人には必要なものだったのだ―――と。
***
数日後。
島のコアとして新しく誕生した幼児を見て、総士は少しだけ眸を伏せた。
「すまない………」
何に対しての謝罪なのか。
誰の耳にも届くことのない呟きは、天の岩戸の中に木霊し、やがて一つの波紋を形成してゆく。
***
ごく自然に、今までを埋めるように。
一騎と総士は一緒にいることが多くなった。
それは、あの同化現象から続いていたぎこちなさを一つ一つ埋める行為にも似ていた。
二人が一つ一つを手作業で修復していく間にも、島の外は確実に動いている。
人類軍の愚行は、やがて、人類全てを脅かしていく。
シリコン型生命体であるフェストゥムを核攻撃で滅ぼすことは不可能だ。
その放射能で変質していくのは、むしろ、人類の側であることに気付かされていくことだろう。
そして、その一石が投じられる時。
竜宮島もまた、変革を迫られるのかも知れない。
[FIN]
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