『Shelter』

 

 

ソッと、自分の家に入る。
「ただいま」と、少しだけ声をかけたけれど、それへの応えは当然ながらなかった。
多分、今、シンはそれどころじゃない。
どうしていいのか判らない、そんな、罪悪感とも嫌悪感ともつかないものに支配されているのだろう。
こんな事、気がつかなかった訳じゃなかったけれど、それでも、そんな風な現実を突きつけられるとは思っていなかったのだ。
シンも―――そして、アスランも。
そして、云った方にも罪悪感はないのだ。

ある意味、当然の結果。
戦後、オーブで暮らすと決めたときから、こんな事になってしまうだろうと思っていたけれど、最初の一撃はシンを奈落の底へと突き落とすには十分なインパクトを持っていた。

アジア圏の風習を持つオーブには靴脱ぎが入り口にあって、それを綺麗に並べておくのが不思議と几帳面なシンの癖だったけれど、今日ばかりはそんなことをしている余裕はなかったと見えて、見慣れたシンのスニーカーが右と左に泣き別れとなっていた。
バタバタと駆け込んだであろう自室。
微動だにしないその扉へと声をかける。

「―――シン……」

少しだけ漏れていた声がシ…ンと静まりかえる。

「いるんだろう、シン。入るぞ」

どうすればいいのか、自分にも判断はつかなかったけれど、でも、こんな状態のシンを放っておくことも、まだアスランには出来そうもなかった。
放っておかれる方が哀しみは癒えやすいのか。
それとも、優しく慰めるべきなのか。
叱咤すべきなのか。
そのどれもアスランの考えの中にはあったけれど、どれもそぐわない気がした。

鍵をかけることも可能にしてあったけれど、ノブを回せばそれは簡単に開いた。
バッタリとベッドの上に倒れ伏していた人型が頭だけもたげるのをアスランは困ったように見つめた。

「シン………」

シンがこんな風に傷ついた原因をアスランは既に旧知の人間から聞いて知っている。
その人もよもやこんな風にシンが傷つくとは思っていなかったのだ。
ただ、シンに訊かれたからその所在を教えただけのことだ。
それが、シンを追いつめてしまうことを知らなかったから。
アスランとシンが同居しているとキラかカガリ辺りから聞いて知っていたのだろう。
彼は突然走り出したシンの様子についてアスランに相談してきたのだ。

『彼がトダカ一佐の消息を聞いてきたんだが、亡くなられたと告げた瞬間、呆然として走り出してしまったんだ。何か私は悪いことを云ってしまったのか?』

その状況をアスランは知っている。
戦わせたくはなかったけれど、あのクレタ沖ではミネルバはオーブと戦わざるを得なくて。
そして、オーブと戦ってしまったら……シンはオーブに帰れなくなってしまうと、思っていたから。
だから、戦わせたくなかった。
でも、ミネルバにはパイロットは4人しかいなくて。その中でシンは基軸となるパイロットだった。
空母タケミカヅチを墜としたのはインパルスだ。
それは仕方のないこと。シンは軍人としてやるべき事を成し遂げただけのことなのに。
けれどそれは『仕方のないこと』では終わらない。

こんな事ならば、シンの素性をあらかじめ云っておくべきだったのだろうか?
シンはプラントにいただけではなく、ザフトに所属していたのだ、と。
そう云っておけば、彼も少しは気をつけてくれただろうか?

いや、そんなことは既に問題じゃなくて、ただ、現実がそうなのだ。
オーブとザフトは先年、戦っていて、お互いに軍人で。
互いに殺し合っていたのだ、と。
そんな事は先の大戦の折、アスラン自身が身を持って知っていたことだったのに。
14歳で戦争に傷つけられた少年は、また、ここで一つ傷を負った。
彼が他人に負わせた傷は、同じ強さで彼をも傷つける。
よく他人と衝突するけれど、本当は家族思いの優しい少年だったはずなのに、現実は彼を否応なく傷つけてゆく。

「………シン……」

そこから動けなくなっているシンにアスランはゆっくりと歩み寄った。
大きな少年の赤い双眸はそれ以上に赤く充血していて、流れている涙はまるで血のように見えた。

「……ア…スラ……ッ…」

握りしめたシーツ。
手の甲が白くなるほど握りしめた拳はその自身に向けられた憤りだ。
他人を頼れなくなっている少年に、アスランは手を伸ばした。
薄暗い部屋の中。
廊下から差す光だけが中を照らす。

どれだけの時間、この暗がりに一人、いたのだろう?
どれだけの時間、自身を傷つけていたのだろう?

「……お…れが……っ殺し…た…っ」
「シン……」

違う、と。
そう云ってやれればどれだけ良かったろう。
けれど、そう云う事はシン自身を否定することに他ならない。
シンを慰める言葉をアスランは持っていない。
ここにいるのは3年前の自分。
親友と戦って殺し合った、自分。
それは誰が何といっても、否定されない、覆らない事実。
幸いにもキラと自分は生きていたけれど。
ニコルもミリアリアの彼も生き返ることはない。
その事実を、シンはこれから一生負い続ける。
今日のこの第一撃はそのプロローグに過ぎない。

 

『クレタで……ザフトのインパルスに攻撃されて空母タケミカヅチと共に逝かれた』

 

それは単なる事実。
けれど、その重さは受け取る側によって大きく変わる。

「…うっ……く…っ…っぁぁ………ぁっっ!!」

シーツに突っ伏して、声を噛み殺して泣いていたシンの嗚咽が大きくなる。
もう既に掠れきっているその声を痛ましく思う。
泣いても戻らない。
けれど、もうシンには泣くしか出来ないのだ。
自分の恩人を―――自分の手で殺してしまったという事実から逃れられない以上。

「――――シン……、お前、プラントに帰るか?」

突っ伏しているシンの後頭部に手を置いて、アスランはソッと尋ねた。
これからも、きっと。
シンがオーブに居続ける限り、今日のような事は必ず起きる。
決して逃げることを勧めるわけではないけれど、少し時間をおいてからオーブで自身を見つめ直しても良いのではないかと思っているから。
傷を抉り続けることは得策ではない。まして、シンは自分のようにプラントに帰れない訳ではない。
プラントに帰る気があるのであれば、あそこにはラクスもいて、ザフトにはイザークもいるから、どうにかしてやれないことはないだろう。
そう思って告げたアスランの言葉に、弾かれたようにシンが顔を上げる。
大きく見開かれた双眸にアスランはぎこちなく笑いかけた。

「どうする?」

アスランの問いに、シンは微かにだが、はっきりと首を横に振った。

「シン?……」
「………も…逃げ…ない……――――。そう…決めたんだ…」

辛いけれど。
哀しいけれど。
それが自分のやってしまったことの代償だと気付いたから。
自分はもう単なる被害者ではなく、加害者でもあるのだと。
その事実に正面から向き合おうと。
そう、心に決めた少年を。

アスランは手を伸ばして抱き締めていた。
この少年を守れるようになろう、と。
もう二度と傷つけることのないように。
もう二度と失うことのないように、と。

 

[FIN]2006/11/17up
 

 
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