『―――刹那』
*
「――――以上が今回のデータの報告となりますが……―――艦長?」
定例となっているタリアとの定時報告を続けながら、アスランは彼女が微かな―――しかし、かなり深い溜息
を吐いているのに気がついた。「あぁ、いえ、いいのよ、アスラン。続けて」
「……随分、お疲れのようですが……」報告自体は既に済んでいる。タリアからの質問がなければこれで切り上げてもいいだろう。
実力主義のザフト内において、女性の身での新造艦の艦長という大役を担い、なおかつ、進水式前に異例の事
態に巻き込まれてしまったのだ。その心労は並大抵ではないだろう。翠の眸に柔らかな光をたたえて、自分に労りを見せる年若の同僚にタリアは苦笑を隠せない。そう、自分の弟
と云っても差し支えないこの青年は―――自分と同権限を有するモノなのだ。かの議長の権限で。
勿論、その能力はタリア自身も認める所ではあるけれど、それでも、この青年の負っている背景を思えば、自
分などよりもずっと重いだろうと容易に想像がつく。
そんな青年にずっと懸念を抱かせているのも無用なことだと思い、タリアは口を開いた。「例の……捕虜の件だけれど」
「あ、はい」
「シンが、かなり、入れ込んでいるようなの」
「――――はい…そのようです……」あぁ、その件か、と、アスランは少しだけ自分の責任も感じてしまう。
「申し訳ありません。―――シンには私から…―――」
「あぁ、そんなことを云っているのではないのよ。他人がどうこう云って、どうにかなるものではないでしょ
うし、あぁいう問題は……―――」コーディネイターの世界では法律上15歳で成人と見なされる。が、シンは14歳までナチュラルの中で生活して
いたコーディネイターだ。未だ不安定な少年の要素の方が大きいだろう。そして、それは本人の責任ではない
。習慣の違いというものだ。「『敵』を知ることは、諸刃の剣なのよ、ああいった世代には」
私ですらそうですものね、と、溜息と共に告げられた台詞。
「見た目が可愛くて可憐な少女であればある程、戦意は失われる。―――そんな事も考えてエクステンデット
は……選抜されているのかしらね」ロドニアのラボから持ち帰った資料上に残された『被験者』も、どちらかと云えばそういう型の人間が多かっ
たように思う。つまり、相手に対しての視覚的な戦意の喪失をも戦略の一部とでも云うのだろうか?
意図的に温かなオレンジ系の照明を点けられている。その中に佇みながら、アスランはもう一度タリアが深い
溜息を吐いたのを見た。「艦長?」
「ザフトの―――施設関係者の上層部は捕獲できたエクステンデットを生かしたまま本国へ連れ帰れ、と云う
のだけれど……」フッとそこで言葉を切る。
「この状況下で、私たちが前線を離れて本国へ帰れるとでも思っているのかしらね、彼らは」
「――――それは」
「とまぁ、そういうことを思っていて、の、溜息だから、貴方が気に病む必要はないわ。ありがとう、アスラ
ン」今日はここまでにしましょう、というタリアに一礼して、そこを辞去する。
とりあえず、今の自分に出来る事をしなければ、と、考えたアスランの足は自然とただ一つの方向へと向かっ
ていた。
***
今、ミネルバの医務室はものすごい厳戒態勢が敷かれている。それでは話にならないから、急遽、空きのあっ
た士官室を潰して急ごしらえの一般医務室を別に一つ設営した程だ。エクステンデット。
連合側が『対コーディネイター戦力』として様々な改造と投薬を行い、作り上げた生物兵器。
それを捕獲した。
だが、それは新たな波紋の一つとなってしまった。シンと知り合いだと云う。
確かにその少女にはアスランも見覚えがあった。
ディオキアの海岸でシンが助けた少女だ。おぼろにあったアスランの記憶のどこかに引っかかった3人連れ。
この少女がガイアに乗っていたと云う事は、あの時に感じた違和感の原因はアーモリーワンから続くものなの
だろう。それを思うとアスラン自身、自分の迂闊さに歯がみしたくなる思いだ。
そして、アーモリーワンに限らず、ディオキアのようにザフトの港がある地域にも連合側の手が入っていると
いう事に他ならない。様々な思惑が入り乱れる中、ただシンだけが、その少女を本気で心配している。
だが、それすらも、今の状況の中では混乱を招く要因にしかならない。だから。
もうやめろ、と。
自分が云わなくてはならない、と。アスランは知っている。未だ、オーブやアークエンジェルへの思いが断ち切れていない自分ではあるけれど、それでも、この仕事は自
分の役目なのだろうと思う。
確かに艦長から自分が任されているのは『MS戦においての現場指揮・統率』だけである。だが、それだけのこ
とをするのであれば、それを離れた部分であったとしても、その指揮に関わる部分に関してのミネルバ隊MSパ
イロットの行動については自分の責任下にあるのではないだろうか。
そう思い、医務室の直前まで来たアスランは、そこから人影が出て来たのを見止めて、足を止めた。「――――レイ……」
「……隊長、どうされましたか?」いっそ、冷ややかな口調でそう問い返してきた部下に、アスランは、あぁいや、と少し逡巡した。
実は少しだけアスランはレイが苦手だ。どこがどうというのでないけれど、あまりに冷静すぎて、少しだけ怖
いというのが理由かも知れない。今までの自分の周りにいた同世代は、どちらかと云えば向上心の強い主張の
激しい人間が多かったから、それとのギャップに自分がついて行けないだけかも知れない。「――――中の様子を見に来ただけなんだが、どんな様子だ?」
「今は二人とも寝ています。そのままでは風邪をひくので、シンには毛布を掛けておきました」
「寝てっ……って、そのままシンも中なのか?」
「はい、少女に付き添ったまま、ベッドに凭れて寝ています。心配はありません」あまりにも冷静なレイの口調に、それ以上言い募る事も出来ずに、アスランはもう一度、今は閉まっている扉
の向こう側を思う。「艦長が……心配していた。シンが、あの……少女に入れ込みすぎている、と」
「生きているものを守りたいと、思っているだけのことです。何か問題でも?」
「―――軍の機密に抵触してしまう可能性があるからな。それが心配なんだろう……」
「そうですか。……ですが、大丈夫です」
「え?」妙にきっぱりと云い切られて、アスランの方が面食らう。
レイの綺麗なアイスブルーの眸はどこか先程思い出した旧友を思わせる。「決して、何が起こっても、シンはザフトを裏切りません。俺がさせない……――――」
ギルを裏切るような事は決してさせない、と。常は冷静な目が鋭い光を放つ。
「―――あなたも、です。ザラ隊長」
「……俺?」
「今度は……えぇ、今度、貴方がザフトを離反するというのなら、その時はどんなことがあっても、何があっ
ても、俺が貴方を討ちます」それが、己がザフトレッドとしてある価値。
そして、ギルへの忠誠。「―――物騒な……予言だな」
少し苦笑をまじえてレイを見返す。背筋に少しだけヒヤリとしたものが流れた。
未だ、オーブとアークエンジェルに心を残した自分の存在。
既に黙ってアークエンジェルの―――フリーダムのパイロットに会っていた事くらい、議長は艦長を通じて知
っているだろう。その上での釘差しだとしたら大したものだ。「何があっても、です。ですから、万が一、逃げる時はお一人で。私はシンを討ちたくありませんから」
「?どういうことだ?」それには応えず、レイは一礼して立ち去ってしまった。
『―――万が一、逃げる時はお一人で……―――』
「―――判っているさ、レイ。それくらい」
一度は裏切り、そして、今また戻った自分。その自分がもう一度、裏切るような事になれば。
多分、もうどこにも行き場はない。レイの云う事は正しいのだろう。
討たれるしかない。その時は―――そう、誰も巻き込みたくない。
誰も―――傷つけたくない。そこまで考えて、慌てて頭を振る。
今はそんな事を考えるべき時ではない。そう思い直して、医務室の中をソッ…と窺う。
少女の眠るストレッチャー。それに半ば凭れるようにして、黒い頭が毛布からはみ出している。
そう云えばレイが毛布をかけたと云っていたな、と、淡い笑みを漏らす。自分に対しては、ああいった冷淡な事も平気で告げるレイが、シンに対してこんな細かな心配りをしてくれる
ことに、今更のような嬉しさがこみ上げる。
本当は優しい奴なのだろうと思う。
ただ、その優しさが時として変貌する瞬間がある。それが……怖い。開いた時と同じように、ソッ…と医務室から出ると、アスランは一つ息を吐いた。
いくつもの問いかけ。
いくつかの疑問。
正義とは一体どこにあるのか?
どの路を選ぶのが、人として正しいのか?
―――何のために、戦うのか?
ずっと問い続けた疑問に、未だ、答えを見いだす事が出来ない。ただ、この瞬間(いま)だけ。
悩む事も、迷う事も、―――間違いではないのだと、そう信じたかった。
*
柔らかに過ぎていく時間。
そして、それが突如として断ち切られた瞬間。
シンが、少女を連れ出した、と、アスランは知ったのであった。
[FIN]2006/11/26 up
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