『蒼穹のはて』

 

 

何故、自分はここにいるのだろうか?

 

と、時々考えることがある。
この時代からすれば『未来』と呼ばれる時代に生まれたとされる己という存在は、『過去』と呼ばれる時代に生き、今に到っている。
既に自分と同じ時代に生きた人は鬼籍に入った人も少なくない。
だが、同時に生まれた人は存在すらしていないという。
自分という存在はどういう『モノ』なのだろう。

 

『この世を救う者であるのか、滅ぼすものであるのか』

 

そんな問いをされたこともあるが、実感などないに等しい。
育ててくれた親。
そして、覚えてすらいないが生んでくれた親。
どちらの意志を継ごうとしても、世界を救いたいと思う。

けれど・・・。

 

「宗美さん、どうしたんですか?」

この会社にすっかりと馴染んでしまったらしい青年の姿に苦笑してしまう。

「いえ、私は今のところ居候なので、取り立ててすることもないんですよ」
「居候って・・・そんなことないでしょう? マキナのファクターなんですから」
「でも、本当にすることがないんですよ。早瀬君や山下君みたいに学生っていう訳じゃないですし、森次さんやシズナ君みたいに特務室での仕事があるわけじゃないですから」
「でも、社長からはおかっぱちゃんたちとマキナの解析してくれるように依頼があったって聞いてますよ」
「よく知ってますね」

半ば感心しつつ、それでもため息が出てしまう。

「出来ることはたかが知れているんです。マキナに対しての知識もタリスマンから貰ったものに過ぎませんから」

それよりもシズナ君や牧さんの研究の成果の方がよっぽど意義のあるものだと自分には思えてならない。

「自分の出来ないことを悲観する必要はないと思いますよ。実際、人間が出来ることなんてたかが知れているんですから」

あっさりと告げ、出来ないものはしょうがないと諦めた方が気が楽でしょ、と事も無げに云う。
確かにそうではあるのだが。
そこまで達観出来るのはいつのことだろう。

「宗美さん、出掛けませんか? ここにずっと隠ってるのがいけないんだと思うんですよね」

ここと家の往復だけでしょ?と云われ、口ごもってしまう。

「図星?」
「あ・・・いえ、そうなんですけど。実はここに住んでいるので」
「はぁ? もしかして、ここから一歩も出てないとか云いませんか?」
「いえ、そんなことはありません。ほら、道明寺くんの家には時々行ってますよ」
「―――それ、奥さんの墓参りじゃないですか」

呆れたように云われて居たたまれなくなる。

実際問題、そう外向的な人間ではないのは自分でも承知している。
村にいた時は皆が気を使ってくれて、何くれとなく話しかけてくれていたのだと今なら判る。
それもなくなって、外に出ることもなくなって、そう云えば必要もない限り、他人と話すことも稀かも知れない。

 

*****

 

どーん、と落ち込んでしまった宗美を前にして、道明寺は軽く息を吐いた。

「あのですね、宗美さん」
「はい?」

慌てて向けられた視線はあくまで真っ直ぐだ。
こんなに真っ直ぐな迷いのない眸が出来る人など希有だと道明寺は思う。
とても大切に育てられ、また、本人の資質も良かったのだろうと容易に判る。

 

『僕はただ君と一緒に年を取りたかっただけなんだ』

 

慟哭が甦る。
どれだけ残酷な事なのだろう。
愛した人は自分を置いてどんどん年を重ねていく。
確実に置いて逝かれるという現実。
その恐怖はどれほどあの人の神経を蝕んだことだろう。
なのに、それを乗り越え、なお、真っ直ぐに他人を見つめる勇気。
置いて逝く恐怖は置いて逝かれる恐怖に比べればどれほどのものでもない。

逝くものはそれが全てだ。
だが、残された者はそれからが始まりなのだから。

 

それが未来永劫続く。
ファクターという存在。
友人の一人である早瀬もそうとは判らないが、遠くない未来それを実感することだろう。

 

それを70年。
ずっと一人で抱えてきたこの人。
支えてくれた妻を亡くし、今、この人は本当に一人なのだと感じているのかも知れない。

だったら、一人じゃないと。
一人じゃないと。
認識させてしまえばいい。

 

「一緒に出掛けませんか?」

 

そう告げるのにあまり迷いはなかった。

 

******

 

「本当に今日はありがとうございました」

柔らかく笑みを浮かべた宗美は道明寺を振り返ってそう告げた。

簡単な買い物。

特に必要なものもありませんから、と、そう固辞する宗美をまぁまぁと連れ回したのは道明寺の勝手だったのかも知れない。
けれど、それでも、筆記用具や身の回りのものを一つ一つ楽しそうに見ている相手を見ているのはとても嬉しかったのだから仕方ない。

 

―――――嬉しかった―――?

 

そうだ。
宗美が判らないことを一つ尋ねるごとに道明寺が抱いたのは『喜び』だ。
例えるならば、デートの最中のような楽しさ。

 

『ねぇ、これどう?』
『似合ってるよ』
『ホント? 嬉しい。じゃ、これにしよーかなぁ』

 

などと。
そう可愛らしく云う少女たちとは少し違う。

 

『これ、何に使うんですか?』
『これはクリップですよ。動物の形してますけど、紙を挟むクリップです』
『随分と違うものですね。昔は渦巻き型でしたよ』
『普通はそうですけどね』

 

欲しいとかそういうのではなく、純粋な好奇心。
勿論、テレビも電話も通信機器がないわけではなかったし、世間を知らないわけではないけれど、必要のない――――所謂『無駄』なもののない暮らしだったのだと判る。

 

その気持ち―――好奇心―――に名前をつけてしまえば……。

 

「道明寺くん、お礼にお茶でもいかがですか?ちょうどそこに喫茶店もあるみたいですし」

すいっと示されたそこにあるのは、本当に喫茶店。
けれど、道明寺はそれに首をふって、その少し先にある店を指した。

「どうせならあっちに行きませんか? 紙コップですけどね。ファーストフード感覚のコーヒースタンドですよ」

どうせなら、とことん楽しんで貰おうじゃないか、と。
今時の青少年のデートという奴を満喫してもらうのも悪くない。

 

はじめの第一歩。

 

 

そんな気分の春先の一日だった。

 

 

[FIN]

 

はーじーめーの第一歩。
だるまさんが転んだ。

じゃないですが(笑)。

私の中の道宗の原点がこんな感じです。